源は札幌にあるNPOです。ひきこもっていたために対人関係を学ぶ機会に恵まれなかった人達に対人関係を学ぶ機会を提供します。また、社会の風習に対する理解や社会で生きていくために必要な基本的な知識の不足を埋めるための情報提供もサポートしています。
雑談の大切さ
人は成長していく過程で、他者と接しながら生活していきます。幼稚園、小学校、中学校、高校・・と成長していく中で同じ位の年齢の複数の他者と接し、行動を共にしていきます。その中で様々な対人的な経験を積んで行き、年齢相応の人付き合いができるようになっていきます。「上の年齢の付き合い方」をするには、それよりも「下の年齢の付き合い方」を身に付けてクリアしていなければ、それ以上の年齢の付き合い方をすることは難しいのです。例えば、中学生時代の人間関係を経験しなかった17歳の人が年齢相応の人付き合いをすることは、何らかの埋め合わせをしないかぎり難しいのです。
人が他者と接する時、雑談は重要な役割を果たします。初対面の他者と接した時には、相手のことを知るために話をします。最初は、自己紹介をするでしょうが、その後は趣味の話や雑誌で読んだ記事の話など、その時々の流れで会話が進んでいきます。幼少時から同じくらいの年齢の他者と接してきた人は、その時々の年齢時に、年齢相応の会話をして経験を積んできているので、自然に会話をし、雑談をします。
しかし、年齢相応の対人的な経験を積んでこなかった「ひきこもり者」にとっては、雑談をすることが困難です。雑談というものは日常の雑多な経験に基づいて成立する行為なので、そのような雑多な経験を積んでこなかった「ひきこもり者」にとっては、話す材料となる経験がないため、雑談自体が難しいのです。それに、雑談をするという行為自体もしてこなかったため、場の雰囲気を把握し、相手に合わせた雑談の材料を選択することも困難です(材料もないことが大半でしょうが)。
そのため、やっとの思いでひきこもりから出てきても、雑談ができないため、輪の中に入れず、孤立し、再びひきこもることに繋がってしまいます。また、雑談ができないという事を自覚しているため、できない自分をバカにされるのではないかと不安が高まり、最初から他者と接することを避けることも多々生じます。雑談というものは人と人の心の結びつきに重要な役割を果たします。それがどれ程重要なものであるかは、雑談をする経験が不足している「ひきこもり者」にとっては痛切に感じられます。
普通に経験を積んできた人々にとっては、意識せずに自然に行っている行為でも、経験が不足している人にとっては自然ではないという行為は多々あります。その1つとして今回は「雑談」を取り上げました。
更新情報
- 2006/04/14
- リンクURLを一件変更(移転により)
- 2006/04/03
- 理事長の一言を更新
- 2005/11/22
- 日常生活の悩み英語版に映画館の利用の仕方を追加しました。
- 2005/09/16
- 理事長の一言更新
- 2005/09/02
- リンクに「ちきゅうのわ」を追加しました。
- 2005/07/12
- リンクのコーナーに「わが子が教えてくれたこと」を追加しました。
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